中川龍のブログ

Tarot & Hint



真のいい人と、偽りのいい人の違い。

スポンサードリンク

いい人には二種類います。

  • 「いい人でいれば見返りがある」「だから俺はいい人になる!」という己の意思によって、いい人になる人
  • 相手に一切の見返りを求めない、いい人

さて、どちらが「真のいい人」でしょうか?

 

自分の人生を生きられないという病 ?「生産的」いい人と「非生産的」いい人・1? (ベスト新書)

自分の人生を生きられないという病 ?「生産的」いい人と「非生産的」いい人・1? (ベスト新書)

 

 

 

先日たまたま、こちらのブログ記事を読みました。

 

kentaroupeace.hatenablog.com

 

知り合いのブロガーさんの記事です笑

 

上記のエントリーでは。。。

  • 本当のいい人になっちゃダメだよ!本当のいい人になると、悪いやつに利用されるよ!
  • 俺は戦略的に「いい人」を選択してるだけ。自分に対して100%いつでも「いい人じゃないといけない」なんて思ってない。でもそんくらいがちょうどいいと思うよ!!

みたいなことが書いてありました。

 

でも僕はこれを読んで以下のように思いました。

  • この人のように、完璧であろうとしないいい人こそが、「本当のいい人」なんじゃないかな?
  • 100%いつでもいい人であろうとする人こそが、真の「偽りのいい人」なんじゃないかな。

あれ、「真の偽り」って表現おかしいな笑

まぁいいか笑

 

真のいい人、偽りのいい人の定義とは…?

個人的には以下のように考えています。

 

真のいい人

  • 無理をしない。
  • 自分の余裕の範囲でだけ善行を行う。
  • いい人になることで、自分も何か見返りを得ている。(ただしそれは目に見える見返りではない場合が多い)

 

偽りのいい人

  • 無理をする。
  • 自分の余裕を超えた範囲で善行を行おうとする。
  • いい人になることで、見返りを得ようとしない。自分自身が満足することを放棄する。
  • いい人であることを「義務」として考えている。そう生きないことを自分に許さない。

 

なぜ上記のように考えるか?

その答えは簡単です。

本当にいい人なのであれば、「自分自身のことも見捨てないはずだから」です。

 

困ってる人を放っておけない。

悩んでる人を見捨てたくない。

そういう「優しさ」「慈悲の心」「人道精神」「博愛精神」みたいなものが、本当に心に根付いているのであれば、「自分自身のこと」だって見捨てないはずなのです。

なにせ、自分とて「人」なのですから。

故に、真のいい人は「自分のことも満たすはず」なのです。

 

「自分のことは見捨てる」

「だけど他人には奉仕する」

というのであれば、それはけして愛ではない。

少なくとも人間愛ではない。

こういう人はおそらく、「無力な自分」に酔いしれてるだけなんじゃないかな?と思います。

 

恋愛においても同じことがいえる

ってここまで書いてから思いましたが、上記の理屈は恋愛においても同じことが言えると思いました。

よく「無償の愛」なんて言いますが、僕はあの言葉があまり好きじゃありません。

 

真の愛情とは、「見返りを求めること」です。

より正確に言うと、「相手を満たすことによって、自分自身も満たされる状態を作ること」こそが、真の恋愛だと思うのです。

 

相手は満たす。

だけど自分は満たされなくてもいい。

そういう愛し方をする人は、どこかで限界がきます。無理がきます。

 

今は大丈夫でも、どこかの段階でこれまで蓄積してきた不満の感情が爆発します。

結果的にその愛を「永続的なもの」にすることができません。

 

このように、本当にその愛を永続的なものにしたいのであれば、自分自身も満たされなければいけないのです。

相手を満たすために自分を犠牲にするような愛し方じゃ、ダメなのです。

 

これは、よく考えてみれば当たり前のことです。

だってあなたは人間なのですから。

機械や道具ではないのですから。

 

…いや、機械や道具ですら、最高のパフォーマンスを発揮し続けるためには利用者が「メンテナンスというお返し」をしなければなりません。

機械や道具ですらそうなら、人間であるあなたは尚更のことです。

 

最後に話は変わりますが、最近読んだ書籍の内容紹介に以下のようなことが書いてありました。

 

単に人から嫌われたくないために「いい人」を演じる人は、ノイローゼ・うつ病などの心の病気にかかる。

この種の人は、一言でいえば、「自分が折れて(我慢して、譲って)物事を解決するタイプ」だ。だから、自身の人生の本当の諸問題を解決できない。

このタイプの人の心は無理をする。

できないことをやろうとする。

生き方が非生産的だ。

自分の人生を生きていないからだ。

 

それに対して、人生の諸問題を解決できるタイプの「いい人」がいる。

その人は本本のその人らしく生きている。

このタイプの人は、自分の授かった潜在的能力を発展させる能力がある。

ポテンシャルの高い人である。

だから、生き方が生産的なのだ。

 

「非生産的」いい人にはなるな。

 by「自分の人生を生きられないという病」より

 

そう、偽りのいい人のすることは非生産的なんだよね。

だけど真のいい人のすることは、生産的なんだ。

新しい何かを生み出すんだ。

ポジティブで明るい方向性にベクトルが向かってるんだ。

 

自分の人生を生きられないという病 ?「生産的」いい人と「非生産的」いい人・1? (ベスト新書)

自分の人生を生きられないという病 ?「生産的」いい人と「非生産的」いい人・1? (ベスト新書)

 

 

以上、とくにおちはないのですが、なんとなく思ったので書いてみた「真のいい人」と「偽りのいい人」の違いでした!!

おしまい( `・ω・´)