中川龍のブログ

Tarot & Hint



「無能」を証明しようとする者に流されてはならない。

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先日発売の、「幸せになる勇気」を読みました!

その中に、「子供の問題行動5つの段階」みたいなのがあって、それが個人的にとってもなるほどなーと思ったのでご紹介してみます。

 

幸せになる勇気

幸せになる勇気

 

 

  

 

 

これら四つに全て共通してながれている源流の願望は「見て欲しい」ですね。

しかしこれらを全てやっても、親が子を見てくれなかったとき、、、

 

 

最終的に子は、「無能の証明」を図ろうとするそうです。

 

 

ここまでを読んで気付いたことがありました。

 

 

そう、昔の僕は、「占い依存気味なお客様」のことをすごく嫌がってました。

こういうお客様は、「自分で考えることを放棄し」「占いに全てを決めてもらおう」という姿勢が強かった。

僕が「少しは自分で考えなさい」ということを告げると、このタイプのお客様は決まってテンプレのように、「でも」「だって」と繰り返し、自分はいかに無能であるか、自分はいかに自分で判断することができないほど無力であるかを語っていた。

その姿勢が僕はすごく嫌いだった。

苦手だった。

だから、すごく遠回しに「お前は本当にダメなやつだな」「どうしてもっと自分で考えられないんだ」「そのネガティブ思考をやめんしゃい」みたいな姿勢で彼らと接してしまっていたように思う。

 

だけど今にして思えば、それは「相手の無能さの肯定」になってしまっている。

それではダメじゃないか。

「無能を証明しようとしている相手」に対して、「全くお前ってやつはどうしてそんなに無能なんだ」という態度で接してしまったら、ダメじゃないか。

そう気付いた。

 

 

 

相手から「何かを学ぼう」という姿勢を見せる。

そうすれば、それは自然と相手への「敬意」となるだろう。

 

そうすれば、そういう相談者が抱える「無能である」という前提を自然と否定することができるだろう。

そうすれば、相手に自然と自信を取り戻してもらうことができるだろう。

こうすれば相手のためにもなるし、僕自身の学びの範囲を広げることもできるだろうし、きっと良いスパイラルが起こせるはずだ!

もっと優しい占い師さんになろーっと!

 

 

私は人々の行為のすべてを愛そう。

なぜならば、たとえ表面には出なくても、すべての人には賞賛すべき資質があるからだ。

私は人々が心の周りにはりめぐらした不信と憎しみの壁を愛によって打ち破り、その場所に橋をかけて私の愛が彼らの魂へと入れるようにしよう。

私は野心家を愛する。

なぜならば、彼らは私を奮い立たせてくれるからだ。

私は失敗者を愛する。

なぜならば、彼らは私に教訓を与えてくれるからだ。  

私は王様を愛する。

なぜならば、彼らもまた人間だからだ。

私はおとなしい人を愛する。

なぜならば、彼らは神のように謙虚だからだ。

私は金持ちを愛する。

なぜならば、彼らは孤独だからだ。

私は貧乏人を愛する。

なぜならば、この世に沢山いるからだ。

私は若者を愛する。

なぜならば、彼らは若々しい信念を持っているからだ。

私は老人を愛する。

なぜならば、彼らは知恵をわかちあってくれるからだ。

私は美しい人を愛する。

なぜならば、彼らの目には憂いがあるからだ。

私は素朴な人を愛する。

なぜならば、彼らの魂は平和だからだ。

by世界最強の商人より

 

幸せになる勇気

幸せになる勇気

 

 

おしまい( `・ω・´)