中川龍のブログ

Tarot & Hint



あなたがしているそれは本当に「共感」ですか?

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カウンセリングや教育の場では

「相手に共感してあげることが大事」

とよく言われています。

これだけ聞けば、確かにそうだなと思うでしょう。

でも、それを本当の意味で「実践できているか」となると、また別なのかもしれません。

 

幸せになる勇気

幸せになる勇気

 

 

 

幸せになる勇気の中にこんな一文がありました。

 

哲人

たとえば子どもたちが、あなたには到底理解しかねる遊びに興じている。いかにも子ども向けの、愚昧な玩具に夢中になっている。

ときには公序良俗に反するような書物を読み、ゲームに耽溺している。

……思い当たる事例はありますね?

 

青年

ええ。ほとんど毎日、そのような光景を目にします。

 

哲人

多くの親や教育者たちは、これに眉をひそめ、もっと「役に立つもの」や「価値のあるもの」を与えようとします。

その行為を諌め、書物や玩具を没収し、自分たちがそこに価値を認めたものだけを与えるわけです。

無論、親たちは「子どものためを思って」そうしているのでしょう。しかしこれは、いっさいの「尊敬」を欠いた、子どもとの距離を遠ざけるだけの行為だと考えねばなりません。

子どもたちの自然な関心を否定しているのですから。

 

青年

じゃあ、低俗な遊びを推奨しろと?

 

哲人

こちらからなにかを推奨するのではありません。

ただ「子どもたちの関心事」に関心を寄せるのです。

あなたの目から見て、どんなに低俗な遊びであろうと、まずはそれがどんなものなのか理解しようとする。

自分もやってみて、場合によっては共に遊ぶ。

「遊んであげる」のではなく、自分自身がそれを楽しむ。

そのときはじめて、子どもたちは自分たちが認められていること、子ども扱いされていないこと、ひとりの人間として「尊敬」されていることを実感するでしょう。

 

青年

しかし、それは……

 

哲人

子どもだけではありません。

これはあらゆる対人関係で求められる、尊敬の具体的な第一歩です。

会社での対人関係でも、恋人との関係でも、あるいは国際関係においても、われわれはもっと「他者の関心事」に関心を寄せる必要があります。

 

青年

ありえません!

先生はご存じないでしょうがね、あの子たちの関心事は、あまりにも下劣なものを含んでいる!

卑猥な、グロテスクな、醜悪なものを含んでいる!

そこで正しい道を示してあげるのが、われわれ大人の役割ではありませんか!

 

哲人

違います。

共同体感覚についてアドラーは、好んでこのような表現を使いました。われわれに必要なのは、「他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じること」だと。

 

青年

なんですって?

 

哲人

あなたはいま、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の心で感じようとしている。

だから子どもたちの関心事について「下劣」だの「醜悪」だのという言葉が出てくる。

子どもたちは、それを下劣だとは思っていません。

では、彼らはなにを見ているのか? まずはそこを理解することからはじめるのです。

 

青年

いいや、無理だ! 

できません、そんなことは!

 

哲人 

なぜです?

 

哲人

アドラーは、こんなふうに提案しています。まずは、「もしもわたしがこの人と同じ種類の心と人生を持っていたら?」と考える。

そうすれば、「きっと自分も、この人と同じような課題に直面するだろう」と理解できるはずだ。さらにそこから、「きっと自分も、この人と同じようなやり方で対応するだろう」と想像することができるはずだ、と。

 

青年

同じ種類の心と人生……

 

哲人

たとえば、まったく勉強しようとしない生徒がいる。

ここで「なぜ勉強しないんだ」と問いただすのは、いっさいの尊敬を欠いた態度です。

そうではなく、まずは「もしも自分が彼と同じ心を持ち、同じ人生を持っていたら?」と考える。

つまり、自分が彼と同じ年齢で、彼と同じ家庭に暮らし、彼と同じ仲間に囲まれ、彼と同じ興味や関心を持っていたらと考える。

そうすれば「その自分」が、勉強という課題を前にどのような態度をとるか、なぜ勉強を拒絶するのか想像できるはずです。

……このような態度を、なんと呼ぶかわかりますか?

 

青年

……想像力、ですか?

 

哲人

いいえ。これこそが「共感」なのです。

 

青年

共感!? ……その、同じ種類の心、同じ種類の人生を持っていたらと考えることが?

 

哲人

はい。世間一般で考えられている共感、つまり相手の意見に「わたしも同じ気持ちだ」と同意することは、たんなる同調であって、共感ではありません。

共感とは、他者に寄り添うときの技術であり、態度なのです。

 

僕も占い屋という「人の相談に乗る仕事」をしている関係上、「共感」に関してはなるべく意識するようにしていたつもりだった。

けれどもこれを読んでいたら、僕がいままでしようとしていたのは「同調」だったのかもしれないと思った。

 

僕は本心から相手の語る言葉に共感していたわけではない。

ただそれでも、ひとまず同調していただけだ。

それでは、本当の意味での「共感」にはなっていないんだろうなと思った。

 

これからはもっと、想像してみようと思った。

相手の過去を想像し、相手の今置かれている状況を想像する。

そうすればきっと、これまでと違うものが見えてくるのではないかと思った。

 

幸せになる勇気

幸せになる勇気

 

 

とくにオチはない!

おしまい( `・ω・´)!