中川龍のブログ

Tarot & Hint



「自分がどう愛したいか」ではなく、「相手がどう愛されたいか」を想像することが大事。

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こないだふとこんなこと思いました。

 

 

人生の99%は思い込み

人生の99%は思い込み

 

 

 

僕の母は、とても自由だし、破天荒だし、尊敬しているし、良いところもたくさんあるのだけれども、一箇所だけ相容れなかったところがある。

それは「愛し方」だ。

母はいつも、自分が愛したいようにしか、僕を愛してくれなかった。

 

彼女はよく、「自分が良いと思ったもの」を、僕のために用意してくれた。

しかし、どうもそのセンスが僕と根本的に合わないらしく、いつも僕の趣味とあまりにかけ離れたものばかりを用意してしまう。

どんなに愛情補正でひいき目に見ても、僕にとって心から嬉しいと思えるものではないものばかりだった。

まぁそれ自体は、お互いの感覚が違うのだから仕方が無い。

 

問題はそのあとの対応だ。

そういう状況が発生したとき、彼女はいつも、「なぜ僕がそれを気に入らないか」を考えてはくれなかった。

その理由を考えた上で、与えるものを変化させることもなかった。

彼女はいつも

「私はこんなに良いものを与えているのに、どうしてお前はそれを喜ばないんだ」

という態度を崩さなかった。

僕がそれをいらないと言っても、何度も何度も同じものを与えようとした。

 

だから昔の僕は、枯れてしまっていたのだと思う。

ありのままの自分の気持ちを、大切にすることができない人間になったのだと思う。

 

すべては「禁止令」からはじまる

禁止令とは、文字通り「○○してはいけない」という命令である。

誰しも子どもの頃、「知らない人についていってはいけません」「夜10時以降はテレビを見てはいけません」などの「禁止令」を受けてきたはずだ。

言語化されない禁止令もある。 たとえば、子どもがいつも母親から「ご飯の前にお菓子を食べてはけません」と叱られていたとする。

ある日、夕飯前にお菓子をねだったところ、母親は「そんなに欲しいなら、食べてもいいわよ」と珍しく許可を出した。

ところが、その母親の表情は眉が吊り上がり、怒っているような表情だ。

言い方もつっけんどんである。

このような場合、子どもは無邪気にお菓子を食べるだろうか?

おそらく、「食べてはいけないんだ」と察し、我慢するだろう。

子どもは想像以上に、親の本音を察する力を持っている。

このように、言葉以外の要素、つまり親の態度や表情、しぐさなどから感じとった「NO」という無言のメッセージも「禁止令」である。

禁止令は直接的に「ダメ」「いけません」と禁止するだけではない。

無意識に非言語メッセージを子どもに出す。

育児と家事でクタクタに疲れているときに子どもに「ねえねえ、これ何?」としつこく聞かれ、つい「知らない」と冷たく答えてしまう親もいるだろう。

こういうとき、子どもは「知らない」という言葉だけではなく、投げやりに答える親の態度にショックを受ける。

親に「近寄らないで」と拒絶されているように感じるのだ。

そうすると、親に対して「近寄ってはいけない」という禁止令を自らに課してしまう。

自分に「〜するな」と命令を下すのだ。

親の機嫌を損ねないためには、親にあまり甘えないほうがいいのかな、と子ども心に感じ、いつも親の顔色をうかがい、距離をおいてしまう子もいる。

これはいわば子どもの「思い込み」である。

自らの行動を制限することで、親の愛を必死で得ようとする、生存本能によるものだ。

子ども時代にできた思い込みは、大人になってからもなかなか消えない。

その結果、たとえば「近寄るな」禁止令を持った子は、大人になってもまわりの人とコミュニケーションをとるのが苦手で、いつも一人で行動するようになってしまう。

そういう人生を歩んでしまうのだ。

 by「人生の99パーセントは思い込み」より

 

ただ、これはあくまでもそういう側面があったという事実を述べているだけで、彼女のことを恨んでいるわけではないのだけどね。

今はもうその呪縛から抜け出したし!

 

でもこういうのって、親子関係でもそうだし友人でも恋人でも職場でも、すべてにおいて言えることだと思うの。

「自分がどう愛したいか」ではなく、「相手がどう愛されたいか」を想像することが大事。

そこをしっかり考えようとしなければ、きっと相手との信頼関係は失われてしまうのだ( ´ ω `)

 

 

人生の99%は思い込み

人生の99%は思い込み

 

 

おしまい( `・ω・´)