中川龍のブログ

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思ったことは素直に正直に語るべきか? それとも時には我慢することも必要か?

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思ったことは素直に正直に語るべきか?

それとも時には我慢することも必要か?

今日、とあるクライアントと話しているとき、そんな話題になった。

 

僕はこれは、「何を軸に考えるかによって答えが変わる問い」だと思った。

 

壁を破る言葉

壁を破る言葉

 

 

 

僕はこう思う。

 

「他人を軸」に考えたときは、思ったことなんて何でも好きに語るべき。

嫌われてしまうかもしれないなんて怯える必要はない。

他人に合わせる必要もない。

なぜなら、そうしなければ自我を否定することとなり心が腐るからだ。

 

しかし、「自分を軸」に考えたときは、なんでもかんでも主張するばかりではダメな場面もあると思う。

ときには言いたいことをグッと堪えることも必要だろう。

でなければ、ただのワガママ野郎となってしまい、成長できない。

成長できなければ、自己肯定することもできない。

 

しかし世の中の多くの人は、これを逆に捉えていることが多い。

みんなは…

「他人を軸」に考えるなら、自我を抑えなければいけないと思ってる。

そうしなければ嫌われてしまう、協調性がないやつだと評価されてしまうと怯えている。

 

「自分を軸」に考えるなら、自我を解放すべきだと考えている。

そうしなければ辛い、苦しい、嫌な思いをする、そんなのは嫌だと考えている。

 

だからみんな、

  • 学校や職場などの表社会では、良い子のふりをして
  • 親しい誰かの前では、弱くて情けなくてむちゃくちゃな自分を晒け出す

というわけだ。

 

でもさ、それって人生ちょーつまんなくなるだけじゃない?

だってそんな生き方をしていたら、

  • 本音を好きに語れず苦しいうえに、
  • 自己成長や自己肯定のきっかけも自分で潰してしまい、

人生いいこと何もないじゃん?

 

逆だよ。

他人を軸に考えるなら、思ったことを好きなように語ればいいんだよ。

人に嫌われようが、協調性がないと評価されようが、全く問題ない。

どうせそこで嫌ってくるようなやつは、もともとあんたのことそんなに好きじゃない。

そんなやつに合わせる意味もない。

 

自分を軸に考えたとき初めて、「時には我慢も必要」という選択が出てくる。

苦しいことから逃げ、辛いことから逃げ、怒りに我を忘れ、なんでもかんでも子供のように駄々をこね続ける大人になってはダメだろう。

 

この生き方だったら、普段から思ったことは何でも言えるのでストレスフリー。

もし何かを我慢することがあったとしても、それはそれで自分のためにしているだけだから納得できるだろう。

こっちのほうが、はるかに有意義な生き方だと思う。

 

謙虚というものは、人のまえで、 おのれを無にするとか低く見せることでは絶対にない。

むしろ自分の責任において、おのれを主張することだ。

つまり、謙虚は権力とか他人に対してではなくて、 自分自身に対してこそ、 そうあらねばならないんだね。

by岡本太郎「壁を破る言葉」より

 

壁を破る言葉

壁を破る言葉

 

 

ってふと思った( `・ω・´)

おしまい( `・ω・´)