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あなたは弱くていい。劣ってていい。未熟でいい。人に迷惑をかけていい。ダメ人間でいい。へっぽこりんちょでいい。

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こんにちわ。

中川龍です。

昨日、夜中の三時くらいに、ふと脳内に言葉がおりてきて、ツイッターでこんなことをつぶやきました。

 

 

あなたは、どんな自分でも許されている。

そう、なんかね。

真実はいつも、みんなが思っていることと逆なんですよ。

 

世の中のほとんどの人は

「ちゃんとした自分じゃないと許されない」

という信仰を抱いています。

実際は、この世界にそんなルールが存在するわけではないのですが、でも多くの人が「この世界はそういうものだ」と強く信仰しています。

ただの思い込みのカン違いを、それが真実だと確信し、生きています。

 

しかしこの信仰があると、「自分の欠落」に向き合うことができなくなります。

だってこの信仰の中で「自分に欠落があること」を認めてしまったら、「私は許されない存在だ」ということになってしまうので、とても辛いからです。

また、この状態では、人から助言をもらってもそれを素直に受けとることができません。

なぜなら助言を認めることは、「自分が欠落していることを認めること」になるからです。

 

しかしこのような生き方では、いつまでも問題の本質に向き合うことができず、成長できません。

だから、いつまでも不幸な人生から抜け出すことができません。

 

というわけで、もし今これを読んでいるあなたが心当たりがあるなら、これからはあなたの中の信仰を変えてください。

これまでのあなたが無自覚に入信していたカルト宗教「ちゃんとしなきゃ許されない教」を捨ててください。

そしてこれからは「どんな自分でも許されている教」に入信してください。

 

実際、あなたがどんなにヘッポコでも、ダメ人間でも、そんなあなたを滅するために世界中から殺し屋がやってきたりしないでしょ?

だから、あなたはちゃんとしてなくても許されてるんですよ🤤笑

 

あなたは今日もダメ人間だった。

それでも世界は何も変わりません。

今日も地球は回るのです。

 

あなたは、どんなあなたでも許されています。 

あなたはダメ人間でいい。

あなたは弱くていい。

あなたは劣っていていい。

あなたは未熟でいい。

あなたは人に迷惑をかけていい

あなたはへっぽこりんちょでいい。

どんなあなたも、許されてるんです。

   

自分を許せば、自分を批判できる。

矛盾するように聞こえるかもしれませんが、自分を許せば、自分を健全に批判できるようになります。

 

健全な自己批判は、ただの自己嫌悪とは違います。

ただの自己嫌悪は、うじうじするだけで行動が伴いません。

しかし「健全な自己批判」ができるようになると、そういう自分を改善するために具体的な行動を起こせるようになります。

 

「どんな自分でも許されている」

このことが心の底から実感できるようになれば、その頃のあなたにとって「己の欠落や劣等を認めること」は、何も怖いことではないし、恥ずかしいことではなくなるのです。

だからあなたは、己の未熟さを克服するべく、本気で動き出せるようになります。

 

他人のためではなく、自分のために努力できるようになります。

するとあなたは、成長できます。

するとあなたは、「できること」がどんどん増えていき、多くの人から必要とされる有能な人間になります。

社会の中で、「自分の役割」を感じて生きることができます。 

……だから、「本当に幸せな人生」を掴むことができます。

 

幸福な人と、不幸な人の差は、この点にあります。

 

信仰を変えると、ものごとの受け止め方が変わる

僕は昨日、「弱いやつは幸せになれねえぞ!」みたいな記事を書きましたが、この記事を読んで「弱い自分を否定された」と感じた人は、まだまだ「ちゃんとしてなきゃ許されない教」に染まっています。

 

この記事は「弱いやつが悪い」と言ってるわけじゃないんですよ。

あなたは、弱くてもいいの。

あなたは、弱いままでも許されてるの。

それは、何も悪いことじゃないの。

 

「でもね、弱いままでは、幸せになれない事実があるよ」

「だから幸せになりたいなら、強くなるといいよ!」

と言ってるだけなんです。

そのままではスムーズには生きれないという事実を語っているだけであって、それが悪いとは一言も言っていないのです。

 

「ちゃんとしてなきゃ許されない教」に入信している人は、こういう細かい差が認識できません。

自分の欠落を指摘されることは、全て「自分の存在が否定されること」と感じてしまいます。

しかし「どんな自分でも許されている教」に入信すると、欠落を認めることは何も怖いことではなくなるので、そこらへんの細かい差がしっかり認識できるようになります。

   

完璧を求めてくる他者に騙されるな

もしかしたらあなたの周囲には、「あなたが完璧でなければ認めない」と言ってくる誰かがいるかもしれません。

それは親かもしれない。恋人かもしれない。友人かもしれない。会社の上司かもしれない。

すると、そういう人が周囲にいると、あなたはどうしても、「ちゃんとしてなきゃ許されない」という考えを捨てられないかもしれません。

 

この場合は、とりあえず、その人の言葉を鵜呑みにしないでください。

 

その人の言葉は、決して真実ではありません。

むしろ、その人自身がまだ未熟なのです。

本当に未熟で劣っているのは、あなたではなく、その人自身なのです。

その人は未熟だからこそ、「他人に完璧を求めることがどれだけアホなことか」に気づけないのです。

 

とはいえ、その人をdisっても生産性がないのでやめましょう。

その人が未熟であることすら許してあげましょう。

自分を許すと同時に、その人のことも許してあげましょう。

 

あの人にもオッケーを出そう。

自分にもオッケーを出そう。

みんな不完全だし、みんな欠落してる。

全ての人間は、皆平等にへっぽこりんちょだ。

でもそれで当たり前だし、それでいいじゃないか。

 

…そんな風に考えるようにしてみてください😎

 

自分を許す心理学――疲れない生き方の処方箋 (知的生きかた文庫)

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生き辛さの原因: 自分を許す本

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どこかの誰かの心の響けば幸いです😊

おしまい!

読んでくれてどうもありがとう😎